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ウラン・プルトニウム不使用。天然100%管理人から作られた、地球に優しいブログです。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 ブログを操るためには、まずブログのことを熟知しなくてはならない。 時には恥をかけば良い。 おしゃべりが苦手な人も、参考にして欲しい。 話すと、そのうち間違ったことを言ってしまうだろう。 まあ、ほどほどに。 ‥‥‥私の事だったりして!
珍しく、しっかりまとまったかな! マニュアル的な基礎をマスターするだけでも立派なものだが。 世の中には、ブログ以外にも自分の想いをアピールする場がある。 それでもブログが選ばれるのは、それなりに理由が有りそうだ。 でも、本当にブログが合っているのだろうか? どんなに素晴らしい内容が含まれていたとしても、センスが悪ければ台無し。 生きてはいても、死んでいるのと同じ! ブログって手軽にできるもののはずだったが。 当たり前のことかもしれないけれど。 ネットサーフィンする人は正面玄関から入ってくるとは限らない。 だから、あえて一話完結を心がけよう。 複数の記事に関連性がある事を、悪い事だとは思っていない。 一つ一つの積み重ねで、大きなブログになっていくのも魅力だけど。 PR コンテンツという素っ気の無い単語は好きじゃないが、とにかくそれが不足している。 まずは、見かけより中身。 美しく、明快で、流れるような言葉使いを心がけたいもの。 一人称については「私」に決めて、なんとか徹してきた。 問題は、語尾の方。 つまり、アンタはどんなキャラなのよ?って部分。 あと、微妙な違いで、「だけど」と「だけれど」が思いあたる。 自分で気付いてはいたけれど(けど?)、実際指摘している情報系サイトがあるとなると悩ましい。 その日の気分や感情を込めて書くと、どうしてもブレてしまう。 勢い良く大胆に行ったあと、手綱を締めたい時ってあるよね? ‥‥‥八方美人って奴か、う~ん。
ただ頭ごなしに言われ、矯正させられそうな印象を抱いて、私は教わる前にずらかった。 今の私の状況を考えると、何らかの特別な教育を受けていた方が良かったかもしれない。 マニュアル通りに書けないよりは、書ける方が良い。 いつまでも、「できない」「素人だから」と言い訳するのは情けないかも。 また、マニュアルどおりに書ける人なら、たくさんいるんだろうね。 ライバルが欲しいのなら、わざわざ物書きじゃなくたって良いし。 私が小学生の頃も、作文なんて書きたくなかった。 いずれにしろ、先生から花丸が貰える歳じゃないってこと。 だから私は自分の意思で、欠点に目をつむる! ここは「書ク実験」のタイトルで始まったブログ。 アグレッシブに挑戦して、長所を伸ばしていけばいい。 自分自身の作品を、寛容な眼差しで見守る姿勢も大事かな。 あらあら、またブレちゃったの? しょうがないわね~。
逆に昔の自分が表現したものが、いつまでも大きな顔をしているというのも恥ずかしい。 マンガ家に例えれば、下手な頃の作品を大衆にらされるようなもの。
‥‥‥。 なんと、何と初歩的なぁぁぁぁぁ!! 失敗を恐れずやっていこうと思っていたのに、やっぱり怖い。 人に読んでもらうという事の重み、プレッシャー。 ブログの更新はせつない。 もっと、巧く。もっと、正確に。 ‥‥‥まあ、顔は見えないか。 失敗を気にするより、失敗した後にどう振舞えるかが大事だ!?
もぉ、新しい記事が勝手に上に来るからだ! 順序からいって、本の1ページ目に最初の文章が来るものじゃないか? 常に自己最高の投稿を狙っていると言うと、なんだか男らしい。 進歩し続けなければならない、果てしない道のり。 失礼ながら、女子棒高跳びのあの人。 しかし、それをもってしても、いつか終わりが来る。 棒高跳びで例えるなら、絶対に自己記録の更新しか狙わない。 ‥‥‥凄すぎて、手が届きそうにないや。 結局は、余計な事を始めなければ悩まない。
じゃあ、やめるのか? いや、そんなつもりは無かったはず。 中途半端に終わらせたくない。 やっぱり、焦りを感じる原因は己の遅筆ぶりだと思う。 明らかにペースが落ちてきている。 ペースダウンは衰退を暗示しているのか? その先にあるのは、ブログの死。
成長を示すグラフは、何も急激な直線である必要はない。 確かに、死んでいるブログも世の中にたくさんある。 まだまだできる。 私は研究者でも専門家でもないので、得られる情報は限られる。 鵜呑みにしてみたり、吐き出してしまったり。 だけど、子供っぽい、垢抜けない自らの立場に、満足していない自分もいる。 肩書きだけでも偉くなって、「センセイ」と呼ばれる方法がある。 センセー、大センセーって、慕われてみたいのかなぁ。 ‥‥‥無いものねだりだよ。 あぁ、我ながら何とも煩わしい存在。 嫌な性分だけど、そうやって自信をつけていくのかな。 今できる方法でやる。
熱し易く覚め易いのだろうか。 それでも、やっぱりオカルト寄りに見られるのか~。 オカルトにチャンスがありそうな所へ目が行く、と言った方が正しいと思う。 人類滅亡の危機でさえ、考えようによっては生きがいになる。
科学的でない主義主張は、それに比べると独裁的だ。 科学がより多くの人に役立っているのも事実だろう。 それでも、救われない人はいる。 今年もまた、原爆の歴史が思い起こされる季節になった。 被爆者のいる日本で、ロシアで。 科学を振りかざした言い訳のお陰で、今も苦しんでいる人たちがいる。 だったら科学が救いきれない人を救う、などとカッコイイことは言えないが。 しょうもない金持ち、利権持ちの思惑に利用されるのは簡単な世の中。 素晴らしい未来につながるなら。 ‥‥‥役に立つかな? 前回二ビルについて調べていた時、気になる数字があった。 この2012年はマヤ暦に関連する数字のはず。 これがオカルトの心霊じゃない怖さ、落とし穴とも言えるのでしょうか。 ダマサレタ!とは言わない。 そんな自分の手を汚さない姿勢で、今回も調べてみました。
その日を境に地球がどうなってしまうのか。 いや、正直に言えば勉強不足なのかもしれない。 ポールシフト(極移動)が起こったりしたらどうなる?
現在、地球の地磁気は大分弱まってきているという。特に南米側で。 そして、過去の地磁気変動をグラフにしてみると‥‥ 紀元前3114年頃は、地磁気が非常に弱かった。 ポールシフトが起こるのか! と思いがちだけど、それもどうだろう? でも、約1万3000年前には起こったそうだ。
たどり着く当ての無い調査は、まだまだ続く。
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